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元競走馬たちの近況(ディオスクロイ)

投稿して頂いた元競走馬たちの近況(ディオスクロイ)

元競走馬たちの近況ディオスクロイ
元競走馬の近況を募集!

ディオスクロイ

  • 父馬:フォーティナイナー
  • 母馬:ディアブロズストーリー
  • 生年月日:平成(2004)年4月13日
  • 性別:
  • 競走馬生活:4年(2006.11〜2010.10)
  • 生涯戦績:中央22戦4勝、地方 -

2007年のジャパンダートダービ(G1)5着、ユニコーンS(G3)7着

主な近親馬レッドクラウディア(12クイーン賞(地方G3)優勝馬・姪)、カラフルデイズ(11関東オークス(地方指定交流G2)優勝馬・いとこ)

2017.11.9調べ】
投稿は新着順(※画像転載禁止!)
情報提供者:B.Kruegerさん 情報確認日:16.6.13 情報元:現地で直接確認(大和ホースパーク)

【現在の馬名】競走馬時代と同じ

最終レースが「2010年10月16日 東京」、登録抹消は2011年3月23日でした。
抹消直後に入厩したようです。
牡でしたから、前後して入厩したシベリアンハリアーとブルーベレッタと共に、大和の分場に繋養されました。
ご承知の通り、ひどい時期でしたから、すぐに去勢というわけにいかず、牡3頭を抱えたスタッフの苦労は並大抵ではなかったでしょう。
特にディオスは、牡っ気も牝っ気も強く、ハリアーと張り合い(?)、療養に来ている牝馬に目の色を変えてましたから。
それでも、夏までにディオスは会員を乗せるようになりました。
大柄で気の強い仔ですから、簡単には動かせません。
この仔と格闘した会員は、みな、腕(尻?)を上げました。
若い子で、乗馬調教のプロになった者が出たくらいです。
どちらかというと体が硬く、動きが美しいわけでもなく、障碍もそれほど好きではない仔でしたが、乗り手に盤石の基礎姿勢を要求するという点では、騎手にとっての名調教師であったかもしれません。

2012年4月末に大和の本場に移り、牡ばかりの隔離馬房に入居しました。
ハリアー、ベレッタと隣も牡ですから、並び順が決まるまで壁に穴が開いたり、流血事件になったり、春が過ぎるまでは大変でした。
本場には、たくさんの女の仔がいますから、ディオスは辛かったでしょう。
馬を知る前は、去勢なんて痛ましいことだと思っていましたが、牝を求めて鳴き叫び、暴れて大汗をかいて消耗するディオスを見ていたら、たま取ってやるのも功徳だな、と思ったものです。
2013年2月7日に去勢されました。
8歳と、去勢には高齢だったので案じていましたが、手術自体は順調、立派な、たま2個が無事抜かれました。
問題はそのあとで、なぜかあごが曲がり、口がちゃんと閉まらなくなったのです。
こわもてのおっさんが赤塚不二夫のマンガ的な緩んだ顔になって、気の毒やら、おかしいやら。
きりっとした、元のディオスに戻るまでには半年くらいかかりました。
その頃から練習馬に復帰、会員を背にレッスンに励むようになりました。
分場でしごかれた少年も青年となり、時々ディオスに会いに来ました。
胴が長めで背中が弱く、痛めて休養、がしばしばあったのは残念なところですが。

同時に集団放牧デビューも果たしました。
当時、軽種たちの囲いが小さかったので、かわいい中間種とポニーの群れに他のサラ2頭と共に合流、当然のようにトップに君臨して威張っていました。
印象に残っているのは蹄の小ささです。000号の鉄尾を切って使っていました。要するに、ポニー級です。
大きな体を、こんなかわいらしい蹄で支えているなんて、と、裏を掘るたびにあきれたものでした。
蹄叉腐乱も要注意でしたが、それも、体重の負担が小さな蹄叉を潰し、すり減らしたせいかもしれません。

2016年6月13日退厩。
入厩先はライディングクラブ ジョバールです。

洗い場の写真は2012年初冬で、まだオトコだったころ、放牧場のは2014年夏の、トップに君臨していたころ。
文中「こわもて」と言ったけれど、それは行動のことで、つぶらな瞳の可愛い顔なのがわかるかと思います。

【管理人コメント】洗い場に繋がれている時の写真を見ると、投稿者の方がおっしゃる通り、顔は可愛らしい(笑)
女好きが女を知ることなく去勢される・・・『種牡馬になれなかった男(牡)はつらいよ』、かな?(笑)